生駒工業所の歴史 history 子供たちの笑顔を乗せて… 一本の線路がはじまりでした 昭和38年、髙橋鉄工所は、大阪府浪速区で産声を上げました。 創業当初は、鉄骨加工技術を活かし、ミニSLの車体や線路等を製作しておりましたが、次第に軽量鉄骨を用いた屋外広告製作業へ進むようになり、昭和50年生駒工業所へ社名変更。昭和55年、より多くの皆様のご期待に応えるため奈良県(現住所)へ移転。工場施設の拡大により大きな屋外広告、製作効率が向上しました。 時代がさまざまな変化をもたらすなか、生駒工業所は広告鉄骨に特化・進化し続けてまいりました。これからもよりよいカタチで情報を必要とする人々に届ける屋外広告を提供してまいります。 また、従業員一人ひとりが持てるスキルを磨き、全員が活躍できる場面を作り続けたい。「機会を提供」「可能性を育むこと」、新しい価値を創造していきます。